大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)319号 判決

上告人

新東亜交易株式会社

右代表者

辻喜代治

右訴訟代理人

青山政雄

被上告人

更生会社田中鉄筋株式会社管財人

神尾栄一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人青山政雄の上告理由について

原審の適法に確定したところによれば、(一) 上告人は、昭和四八年八月八日訴外田中鉄筋株式会社(以下「田中鉄筋」という。)に対して上告人所有の本件機械を、(1)代金は五九七万五三三五円とし昭和四八年九月から昭和五一年二月まで三〇回にわたり毎月割賦弁済する、(2) 所有権は代金完済まで上告人に留保する、(3) 上告人は所有権移転までの間右機械を田中鉄筋に無償で貸与する、(4) 田中鉄筋につき、その振り出した手形の不渡り又は会社更生の申立の原因となるべき事実が発生したときは、上告人は催告を経ることなく売買契約を解除することができる、との約定のもとに売却し、右機械を田中鉄筋に引き渡した、(二) 田中鉄筋は、前記代金のうち三七九万七三三五円の支払をしたのみであつたところ、昭和五〇年四月八日福岡地方裁判所小倉支部に対し自ら更生開始の申立をし、同裁判所は、同月一四日田中鉄筋に対し同月七日以前の原因に基づいて生じた一切の債務(ただし、従業員の給料、電気・ガス・水道料金にかかる各債務を除く。)の弁済を禁止する旨の保全処分を命じ、更に同年七月三日更生手続開始の決定をした、(三) 右保全処分の結果上告人が田中鉄筋から本件機械代金支払のため交付を受けていた約束手形のうち同年四月三〇日満期の手形一通が満期に支払を拒絶された、(四) 上告人は、同年五月二六日田中鉄筋に対し前記契約解除に関する特約所定の事由に基づき前記(一)の売買契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は翌日到達した、というのである。そして、上告人は、以上の事実関係に基づき、本訴において田中鉄筋の管財人である被上告人に対し取戻権の行使として本件機械の引渡を求めている。

思うに、動産の売買において代金完済まで目的物の所有権を売主に留保することを約したうえこれを買主に引き渡した場合においても、買主の代金債務の不履行があれば、売主は通常これを理由として売買契約を解除し目的物の返還を請求することを妨げられないが、本件のように、更生手続開始の申立のあつた株式会社に対し会社更生法三九条の規定によりいわゆる旧債務弁済禁止の保全処分が命じられたときは、これにより会社はその債務を弁済してはならないとの拘束を受けるのであるから、その後に会社の負担する契約上の債務につき弁済期が到来しても、債権者は、会社の履行遅滞を理由として契約を解除することはできないものと解するのが相当である。また、買主たる株式会社に更生手続開始の申立の原因となるべき事実が生じたことを売買契約解除の事由とする旨の特約は、債権者、株主その他の利害関係人の利害を調整しつつ窮境にある株式会社の事業の維持更生を図ろうとする会社更生手続の趣旨、目的(会社更生法一条参照)を害するものであるから、その効力を肯認しえないものといわなければならない。そうすると、上告人のした本件売買契約解除はその効力を有しないものであり、本訴請求は理由がないことに帰するから、これを失当とした原審の判断は、結論において正当である。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 環昌一 横井大三 寺田治郎)

上告代理人青山政雄の上告理由

第一、更生会社法の適用による更生手続開始と所謂所有権留保約款付割賦販売契約との関係について

原審判決の要旨は次のとおりである(判決書「理由」中七行目)。

そこで会社更生手続のうえで所有権留保約款付割賦販売(以下所有権留保売買という)の売主の地位をどのように解すべきかについて検討する。

所有権留保売買において売主が代金完済まで所有権を留保するのは、買主が残代金の支払をなさない場合は、売買契約を解除して目的物を回収し、それを任意の方法で換金するなどして換価金から残代金の満足を得ることを目的とするものであつて売買残代金についてその債権担保のための手段としてなすものであると解される。

従つて売主の所有権留保特約上の権利は、その実質は担保権と解するのが相当である。

右のように所有権留保売買における売主の所有権留保特約上の権利は、その実質は担保権であるから、買主について会社更生手続が開始された場合には売主はその所有権を主張して売買目的物の取戻を請求することはできず、更生担保権者に準じて会社更生手続においてその権利を行使すべきであると解する。

けだし、売主に取戻権を認めると更生手続外で満足を受けることになり更生担保権者ことに譲渡担保権者と比較して極めて有利な取扱を受けることになつて不公平であり、また所有権留保売買の目的物は更生会社にとつて重要な物的施設である場合も多いと考えられ、取戻権を認めると会社更生の目的が達せられなくなるおそれもあるからである。

第二、原判決の要旨とその矛盾とを次に述べる。

一、売買残代金についてその債権担保のための手段であるから、その実質は担保権と解するのが相当である、というにある。

然しそれは通常の状態において買主が月賦金の履行が遅滞したときのことであり、会社更生法の定むるところにより更生手続が開始されたときはその残代金は更生担保債権であると解釈している所有権留保売買の目的物には自動車等の運搬具、工作機械、建築機械等各種の動産がある、而してこれ等はすべて一般的に耐用年限があり且何れもその使用の程度によりその耐用年数も減縮せられることも明らかである。

小職の知る範囲では一般的に更生計画案は五年乃至一〇年の極めて永きに亘る期間を必要としているようである。

然るに自動車等の運搬具は通常耐用年数は五年位であり苛酷な使用をすれば三年程度しか使用できないものであろう。若しそうであるとするならばその更生会社が順調に営業を継続して更生計画案通りに進行すれば残代金の支払は相当期間遅延したとしてもそれは債務者会社の更生のためで債権者も我慢しなければならないであろう、然し現代の経済社会において更生会社が更生計画案通り、その目的を達して終結した会社は極めて稀である。

若しその中途において計画案の履行が出来ず破産に移行した場合、所有権留保売買の売主たる債権者に支払うべき財産は既になくなつている、要するに更生会社は前記債権者の犠牲によるその日まで生活したことになり、更生会社を助けるために所有権留保売買の売主を犠牲にすることになる。

次に一例を挙げて参考とする。

トラック等大型の自動車を用いて運送業を営む会社が会社更生法に基き保全処分の決定を受けた、とする、通常雇用関係により生じた債務以外の債務の支払は禁止せられ業務は従来通り行われ、従つて運賃その他営業収入或は債権の取立等による収入は従来通り行われ、これに反し支払については特定の例えば雇用契約による従業員の未払給料等は保全処分の禁止条項に対する例外として滞りなく支払われ、而して後日作成される会社の運営は更生計画案通り順調に推移したかに見えたが、当該会社の収入源に欠くことのできない運搬具はその使用とゝもに耐用年限が到来することになり、従つて運搬具の新規購入は更生計画案の実施のうえに必然発生すべきことになる、而してこの場合、運搬具の購入の交渉に当らなければならないが、この場合、所有留保売買の売主がその交渉にたやすく応ずるであろうか、拒否したゝめ結局事業の継続が不可能となつた右の場合更生計画案の履行は緒についたばつかりであり債権者に対する残代金即ち更生担保債権の支払は不可能となる。

要は会社更生法の適用に当り、その解釈についても会社の保護のみに集中し、会社運営のために必要な所有権留保売買の目的物の債権者を犠牲にしたゝめの結果である。

二、売主に取戻権を認めると更生手続外で満足を受けることになり更生担保権者ことに譲渡担保権者と比較して極めて有利な取扱を受けることになつて不公平である、と原審は判示している、これは原審が所有権留保売買の債権者と譲渡担保権者とを同一に解釈しているからである。

この両者はその性質が全然異つている、前者はその売買に当り月賦金の支払が遅延したときは直ちにその目的物は一応売主が引揚げることが常識となつている、而してそのことは買主も契約の当初から承知していることであり通常の場合、極めて平穏のうちに実行されている、後者の場合は最初から貸金の弁済を確保するためのみの一手段であり、仮りに両者とも債権実行のための担保のためであるとしても前者は物の売買による弁済確保のためであり後者は貸金による弁済確保のための法律である、従つて両者の法律効果を同一視することは事実の解釈を誤り延いては法の解釈を誤つたことになる。

不幸にして更生会社が破産へ移行した場合は所有権留保売買の債権者は一般債権者と同列の配当を受くるに過ぎない、果して公平であろうか、これら所有権留保売買の売主を犠牲にして更生会社を保護しなければならないであろうか、その更生会社が順調に推移し終結した場合は別として万一破産に移行した場合は右所有権留保売買の売主の保護は何をもつて償うべきか、論旨の加く売主に取戻権を認めると更生手続外で満足を受けることになり更生担保権者ことに譲渡担保権者と比較して極めて有利な取扱を受けることになり不公平であると判示して上告人の請求を退けることこそ不公平である。

三、また所有権留保の目的物は更生会社にとつて重要な物的施設である場合も多いと考えられ取戻権を認めると会社更生の目的が達せられなくなるおそれがあると原審は判示しているがこれこそ法の解釈を誤つたものでこの解釈は是正しなければ経済社会の公平は維持できない。

およそ本件類似の物件の割賦販売にあたつてその割賦回数はその目的物件の耐用年限即ち稼働年数とそれに買主の支払能力を考慮して当事者で決定するものである、従つてその間買主はフルにその機械等を稼働して充分収益を得ている反面売主の担保の目的である機械類はそれだけスクラップ化し残存価額は皆無となる、原審判決のいう如く会社更生法の趣旨が債務者保護の見地から終戦後アメリカ式法律に準拠して制定せられた法律であることは何人も異論の余地はないが、反面本件上告理由書において、しばしば述べた通り売主の保護を無視することは出来ないと思料する。

原審判決における論旨の如く所有権留保の目的物は更生会社にとつて重要な物的施設である場合も多いと考えられ取戻権を認めると会社更生の目的が達せられなくなるおそれがあるというにおいて何が何でも更生会社の目的達成のために支障となる如何なる権利をも顧みる必要がないとの結論に達するのではなかろうか、原審判決の判示しているように所有権留保の特約を一般不動産或は家財道具に対する譲渡担保、売渡担保等の法律行為と同一に解することは法律の解釈を誤つたものといわねばならない、既に述べた如く更生会社の営業が運搬業土建業等自動車或は機械類の使用をその業種とする場合は所有権留保売主たる債権者の意見により更生会社の更生計画の実行は左右せられることになる一例を挙げて参考にしたいと思う。

前述の通り仮りに所有権留保の目的物が更生会社の財産であるとしてもその稼働可能の耐用年限が経過すれば当然新たに自動車或は機械類を購入しなければならない、この場合、更生会社に機械類を月賦で販売する売主は先づ皆無であろう(現金引換の場合は例外であるが)小職は従来かゝる場合の手段として保全処分の決定を受けるとともに従来の月賦販売の契約を解除し新たに残代金を債権額として月賦金の引下げと支払回数の延長とを売主と交渉し円満に解決し、後日新たに機械類を必要とする場合、売主の援助を受けた例を多く経験している。

第三、以上述べた通り所有権留保付月賦売買契約における目的物の帰属につき会社更生法第三九条及同一〇三条の解釈に当り従来裁判所がなした債務者の保護に重点を置く解釈は当然これを変更し、法の秩序と正義を守るため、その物件は売主の所有であり、従つて取戻権の対象となるとの解釈を採用し、原判決を破棄し相当の御判決ありたし。

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